セカンドハンドの時代――「赤い国」を生きた人びと電子ブックのダウンロード
セカンドハンドの時代――「赤い国」を生きた人びと
本, スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
によって スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
4.1 5つ星のうち 11 人の読者
ファイルサイズ : 28.9 MB
内容紹介 2015年ノーベル文学賞作家、最新作! 2013年メディシス賞(エッセイ部門)受賞[フランス]2014年ボリシャーヤ・クニーガ賞(読者投票部門)1位[ロシア]2015年リシャルト・カプシチンスキ賞受賞[ポーランド]「思想もことばもすべてが他人のおさがり、なにか昨日のもの、だれかのお古のよう」1991年、ソ連が崩壊した。20世紀の壮大な実験ともいわれるこの国での日々は、人びとの心になにを残したのだろうか。共産主義下の暮らしを生きていた人間の声を書き残すべく、作家はソ連崩壊直後から20年以上にわたって数多くの聞き取りをおこなった。自殺者の家族、収容所の経験者、クレムリンの元幹部、民族紛争を逃れた難民、地下鉄テロの被害者、デモに参加して逮捕拘禁された学生。街頭や台所で交わされ響きあう幾多の声から、「使い古し(セカンドハンド)の時代」に生きる人びとの姿が浮かび上がる――。21世紀に頭をもたげる抑圧的な国家像をとらえたインタビュー集。著者のライフワーク「ユートピアの声」完結作。 内容(「BOOK」データベースより) 「思想もことばもすべてが他人のおさがり、なにか昨日のもの、だれかのお古のよう」私たちは「使い古しの時代」を生きているのか―21世紀の国家像をあぶり出す、ポスト・ソ連に暮らす人びとへのインタビュー集「ユートピアの声」五部作、完結編にして集大成。2015年ノーベル文学賞作家、最新作。2013年メディシス賞(エッセイ部門)受賞(フランス)、2014年ボリシャーヤ・クニーガ賞(読者投票部門)1位(ロシア)、2015年リシャルト・カプシチンスキ賞受賞(ポーランド)。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) アレクシエーヴィチ,スヴェトラーナ 1948年ウクライナ生まれ。国立ベラルーシ大学卒業後、ジャーナリストの道を歩む。綿密なインタビューを通じて一般市民の感情や記憶をすくい上げる、多声的な作品を発表。戦争の英雄神話をうち壊し、国家の圧制に抗いながら執筆活動を続けている。2015年ノーベル文学賞受賞 松本/妙子 1973年早稲田大学第一文学部露文科卒業。翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
ファイル名 : セカンドハンドの時代-赤い国-を生きた人びと.pdf
以下は、セカンドハンドの時代――「赤い国」を生きた人びとに関する最も有用なレビューの一部です。 この本を購入する/読むことを決定する前にこれを検討することができます。
著者のスヴェトラーナ・アレクシェーヴィッチは、1948年ウクライナ生まれのジャーナリスト・作家であり、2015年にノーベル文学賞を受賞した。著者の作風は、ジャーナリストとしての経験を活かした記録文学である。本書は、ロシアおよびその周辺諸国の庶民の声を記録した作品、『戦争は女の顔をしていない』、『ボタン穴から見た戦争』、『アフガン帰還兵の証言』、『チェルノブイリの祈り』に続くもので、五部作の最後の作品である。本書では著者は、共産主義を掲げた全体主義国家ソ連邦の圧政時代から、その崩壊までを、多様な庶民の「多声(ポリフォニー)」として描いている。登場人物(男女)の年齢、職業、経歴は非常にバラエティーに富み、人数も夥しく、600ページを超える大冊となっている。1917の革命で成立したソビエト連邦は、当初は共産主義の理想を掲げて新国家を建設し、世界中の労働者たちの憧れと尊敬の的だった。しかし、スターリン(最高指導者の時代は1924-53年)による全体主義国家への変貌と第二次世界大戦への参戦により、世界にも稀な圧政国家となる。スターリンの死後は、紆余曲折を経て、1991年12月にソ連邦は解体し、市場経済化を目指した大混乱の時代が始まる。ソ連邦時代に民衆の血と汗で築かれた国家財産(特に石油やガスなど資源関連施設と資源そのもの)は、民営化により特権階級により「盗まれ」、新興財閥(オリガルヒ)を生み出した。プーチン大統領の時代(2000-08年および2012年-)には、エネルギー価格の高騰もあって、ロシア経済は急成長して危機を脱した。しかし、一連の一大経済変動で、ロシアは世界でトップクラスの経済格差も生み出した。本書は、このような激動の時代を生きてきた庶民(主婦、労働者、年金生活の高齢者、元兵士など)や元高級官僚(共産党幹部など)の生々しい聞書きを再現したものである。共産党時代の圧政や抑圧(逮捕と収容所送り)やソ連邦崩壊に伴う混乱へ対する恨みの声や嘆きの声が多い。また、自らのアタマで考えることの少なかった時代を「使い古し(セカンドハンド)の時代」として斬り捨てる声もある。一方、一部には共産党時代の「明確なイデオロギー」の分かり易さや「国民の一体感」が高揚していた時代を懐かしむ声もある。ナショナリズムの多面性を物語るエピソードである。2016年11月末、本書の著者アレクシェーヴィッチが来日し、福島訪問や講演などで日本各地を訪問した(東京新聞、2016年11月26日付けおよび29日付け)。本書に関連した彼女の発言を紹介しよう。「一人の話は個人の運命だが、百人の話は歴史になる」「私の仕事は命についての対話と呼びたい」「(現在のロシアについて)新たな愛国主義が高まり、旧ソ連の時代よりも恐ろし時代になっています」福島とチェルノブイリの対比、日本について。「原発事故は新しい形の戦争だ」「チェルノブイリ事故と同様、国は人の命に全責任を負うことはしない」「全体主義の長い文化があったベラルーシと同じく、日本社会には抵抗という文化がないようにも感じた(例外は、果敢にも東電に対して損害補償裁判に立ち上がった被告団)」圧倒的な国家権力の中でも、庶民が生き抜く希望について。「人は意外にも多くのものに救われています。愛、自然や音楽、毎朝のコーヒーなど。つらいこともありますが、人生は興味深く、生きるのは面白いと思います」アレクシェーヴィッチは、ネオリベラリズムが世界中に蔓延する現在、それに抗うべく創作し、発言している稀有な作家と言える。
0コメント